おじさん映画

おじさんに注目して映画を語るブログ

浮雲(1955):ひとりの女性と堕ちていくプレイボーイなおじさん

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成瀬巳喜男監督による『浮雲』は、日本映画を代表する作品であると同時に、日本映画黄金期のおじさん映画としても特筆すべき作品といえるだろう。

 

高峰秀子演じるゆき子が、戦時中に仏印(今のベトナム)で富岡(森雅行)に出会うことから物語は始まる。富岡は既婚者であり、女性関係にだらしなく自堕落な男性であったものの、ゆき子は彼を愛するが故に自滅していくというストーリーだ。

 

戦地で既婚者ながらゆき子と恋仲になり、帰国後は「妻と別れて君と結婚しよう」と言っていたにも関わらず、戦争が終わり帰国してみると妻とは別れることができない、と語る、そんな自分勝手なおじさんが、森雅行演じる富岡だ。

ゆき子の方も彼のことを諦めることができず、二人してずるずると自滅していく。ゆき子は自分の力で生きようとしていく様子もあるなかで、富岡は事業には失敗し、いつまでもだらしなく、ただそれにも関わらずどこか自信ありげで、と同時に憂いをまとっていて、それだけでなく飄々としている。

 

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富岡の憂い感と、とらえどころのない飄々さに、おじさん映画としての魅力が詰まっている。 

ゆき子とふたりで行った伊香保温泉で岡田茉莉子演じる若い女性のおせい(彼女も既婚者である)に出会い、彼女とふたりで混浴温泉に浸かってみたり。その関係をゆき子に言われたときには「そうかなア、それは初めて気が付いたなア」という飄々さだ。

 

何を言われても、ぬるっとした返事で、しゃがれたような、語尾がカタカナ表記になるような話ぶりが、ダメ男さと同時にプレイボーイの色気を感じさせるのだ。 

話し方でいえば、高峰秀子の話し方もかなり独特でクセになる。この映画は森雅行と高峰秀子の声と話し方を聞くだけでも価値があるような気がしてくる。

 

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それにしても、森雅行の女たらし演技のうまさ。やっていることだけを見ればかなりまずいことばかりなのに、それでいてただのチャラ男にならず、品を保っている。

そしてあのいつもちょろっと垂れている前髪に漂う色気。彼のだらしなさと刹那的な雰囲気があふれ出ていると感じるが、この映画の森雅行を越える前髪の色気はないのではないかと感じるほどに、存在感を示している。

 

飄々としているプレイボーイでありながら、どこか品があって、そしてあの喋り方。今の時代では真似できないような喋り方だが、前髪と合わせて色気と憂いの漂うおじさんだ。

日本映画の金字塔的作品。映画としての価値は言うまでもないが、森雅行の声と前髪のためだけでも、おじさん映画として必見の一本だろう。 

浮雲

浮雲

  • 発売日: 2016/12/01
  • メディア: Prime Video